松永久秀の爆死は作り話?何かと話題の多いお騒がせ武将・松永久秀

松永久秀とは

松永久秀は戦国時代に活躍した武将の1人で、 松永弾正 とも呼ばれています。もともとは三好長慶に仕える武将でしたが、長慶の死後は長慶の長男である三好義興に仕えます。

実は松永久秀はかなりの策士であると言われており、室町幕府の十六代将軍・足利義輝を暗殺したのが彼だという説もあります。また、三好長慶も42歳という年齢で亡くなっており、この死にも関わっているのではないかという説があるようです。

ただ、戦国時代にはこうしたことはよくあったことのようで、松永久秀だけが特に鬼畜だというわけではなく、どこの家でも行われていたようなことであったとも言えます。

松永久秀と織田信長の因縁

松永久秀は織田信長とは因縁の関係にあり、当初は織田信長の上洛に協力するようなこともありましたが、後には敵対し、戦争状態になります。しかし、状況が不利になると降伏し、許されて織田信長の家臣となりますが、その後も裏切りを繰り返しました。

ただ、信長の家臣としての功績も大きく、織田信長も簡単に松永久秀を処分するということはできなかったようです。たとえば、1570年の朝倉義景討伐の際に起こった金ヶ崎の戦いでは、周辺の国の大名たちを説き伏せて織田信長の窮地を救ったこともありました。

爆死の原因は茶釜?

一時は主と家臣として良い関係を築いていた松永久秀と織田信長ですが、最終的には対立することになります。織田信長は松永久秀が所有する古天明平蜘蛛を渡すように言いますが、松永久秀はこれを拒否しました。

平蜘蛛というのは、松永久秀が所有していた茶釜で、平たい蜘蛛のような形をした珍しい茶釜でした。織田信長もこの平蜘蛛を気に入っていたようで、ことあるごとに「平蜘蛛を譲れ」と言っていたという説もあるようです。

信長に平蜘蛛を求められた松永久秀は、「自分の首と平蜘蛛だけは信長公にお目にかけるつもりはない」と返答し、平蜘蛛に鉄砲の薬を入れ、火をかけたとされています。この時に大きな爆発が起こり、松永久秀は平蜘蛛とともに死亡したとされているようです。

松永久秀爆死の真相は?

松永久秀は「日本で初めて爆死をした男」として有名ですが、実際には爆死でなかったという説もあるようです。ただ、松永久秀の生き様を見ていると「爆死が似合う」と考える人も多いようで、爆死説が普及しているのかもしれません。

松永久秀の死後の平蜘蛛の行方についても諸説あり、松永久秀が破壊した平蜘蛛は実は偽物で、死の前に別の武将に譲っていたという説もあるそうです。また、松永久秀が爆死したという信貴山城の跡地から平蜘蛛の欠片が見つかり、それを織田信長が復元させ、最終的に信長の所有物になったという話もあります。

松永久秀爆死説はロマン?

戦国武将・松永久秀の爆死説について紹介してきました。松永久秀は「日本で初めて爆死した男」とされていますが、実際には城の天守に火をかけ自害したという説が有力のようです。その後、松永久秀の首が織田信長に送られているということからも、爆死ではないのではという説が有力視されています。

ただ、松永久秀の生き様を見ると、「日本で初めて爆死した男」というキャッチフレーズがとてもよく似合うということもあり、戦国時代の1つのロマンとして、松永久秀の爆死説が語り継がれているようです。